小石川後楽園 (文京区後楽)<国の特別史跡及び特別名勝>


江戸時代初期、寛永6年(1629年)に水戸徳川家の祖である頼房が、江戸の中屋敷(後に上屋敷となる。)の庭として造ったもので、二代藩主の光圀の代に完成した庭園。光圀は作庭に際し、明の儒学者である朱舜水の意見をとり入れ、中国の教え「(士はまさに)天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」から「後楽園」と名づけられた。庭園は池を中心にした「回遊式築山泉水庭園」。昭和27年(1952年)3月、文化財保護法によって国の特別史跡及び特別名勝に指定された。~小石川後楽園パンフレットより抜粋~ 曼殊沙華(彼岸花)満開!!でした。-2019.10.01-

小石川後楽園 パンフレット

曼殊沙華(彼岸花)

仏教で伝説上の天の花。サンスクリット語majūṣakaの音写。純白で、見る者の悪業を払うといわれ、天人が雨のように降らすという。日本ではヒガンバナ(彼岸花)と呼ばれ、秋のお彼岸の時期、一斉に鮮紅色の花を咲かす。

スマホの曼殊沙華の花色は鮮やか♪

「田端」

二代徳川光圀が嗣子綱條の夫人に農民の苦労を教えようと作った田圃で、現在は毎年文京区内の小学生が五月に田植え、九月に稲刈りを行っている。