御岳山Ⅰ-紅葉- 武蔵御嶽神社(青梅市御岳山)


御岳山の標高は929mで、秩父多摩甲斐国立公園の東側の玄関口に位置している。古くから霊山と崇められ、山頂には「武蔵御嶽神社」が鎮座、大口真神(おいぬ様)の信仰でも知られる。山頂からは、筑波山や房総半島が、天気が良ければ都心の高層ビル群も見渡すことができる。また、御岳山の豊かな自然環境のもと、野鳥、昆虫、植物などの宝庫としても知られており、四季折々の自然を満喫することができる。野鳥が鳴き新緑がまぶしい春、苔むした岩間と清流で涼む夏、虫の声に耳を傾けながら紅葉を楽しむ秋、澄んだ夜空で満点の星を眺める冬など、一年中自然美にあふれている。 紅葉の御岳山に出かけてきました♬ -2022.11.11-

ケーブルカー 滝本駅→御岳山駅


滝本駅(標高407m)から御岳山駅(標高831m)まで、標高差424m、距離1,107mをわずか6分で登る。平均勾配22度は関東一で、最急勾配は25度。1935(昭和10)年に開業し、定員115人、赤い車体の御岳号と緑の車体の武蔵号がある。

かなりの急勾配です!! 

御岳山到着

「武蔵御嶽神社」参道入口

天空もみじまつり

(2022年10月中旬〜11月下旬開催)

御岳山の宿坊

東馬場

<都指定有形文化財>

武蔵御嶽神社の神主・御師の営む宿坊・茶処。茅葺屋根が目印の建物は江戸末期の慶応二年(1886)に建立、「馬場家御師住宅」として東京都指定有形文化財に登録されている。

御岳の神代ケヤキ

<国指定天然記念物>

御岳山上、武蔵御嶽神社へ向かう参道の途中の斜面にそびえている。樹齢:推定1000年 平安時代、樹高:30m、目通り:8.2mの巨木で、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の際に植えたという伝説が伝えられている。


武蔵御嶽神社


武蔵御嶽神社由緒

社伝によれば、創建は第十代崇神天皇七年(紀元前90年)と伝えられ、第十二代景行天皇の御代日本武尊御東征のみぎり、難を白狼の先導によって免れ遁れられたといわれ、古くより関東の霊山として信仰されてきた。平安時代の延喜式神名帳には、大麻止乃豆天神社(おおまとのつのあまつかみのやしろ)として記されている。山岳信仰の興隆とともに、中世関東の修験の一大中心として、鎌倉の有力な武将たちの信仰を集め、御嶽権現の名で厄除・延命・長寿・子孫繁栄を願う多くの人達の参拝によって栄えた。天正18(1590)年徳川家康公が関東に封ぜられると、朱印地三十石を寄進され、慶長11年(1606)大久保石見守長安を普請奉行として社殿を改築、江戸城守護のため南面だった社殿を東面に改めた。人々の社寺詣でが盛んになると共に、世に三御嶽の一つとして、御嶽詣も、武蔵・相模を中心に関東一円に拡がり、講も組織され、現在に及んでる。明治維新により、御嶽神社の社号となり、更に昭和27年(1952)武蔵御嶽神社と改めた。~下記境内掲示より抜粋転載~

手水舎

随身門

明治期のいわゆる神仏分離(神仏判然)以前は、仁王門であったと伝えられている。

参道をすすむ。

本殿までは約330段の階段を昇る。

振り返ってみると

上を見上げると

宝物殿が見えてきて

宝物殿と紅葉

宝物殿

日本三大鎧に数えられ、畠山重忠が建久2(1191)年に奉納し、国宝に指定された赤糸威大鎧(あかいどおどしのおおよろい)をはじめ、国重要文化財、重要美術品、東京都の重要文化財など貴重な物品を多数展示。

幣拝・拝殿前の狛犬

長崎の平和祈念像を製作した北村西望の作で、力強い狼の姿をしている。

幣殿・拝殿

徳川治世となって江戸の「西の護り」として東向きに改築され、現在も東京の街を見守る本殿の前に位置する。元禄13(1700)年に、5代将軍・徳川綱吉の命によって改築され、修復を重ねながら今も大切にされている。 入母屋造/元禄13年改築・天保に修復、明治中頃に檜皮葺から銅板葺屋根

本殿

御祭神は、 櫛麻智命(くしまちのみこと)、大己貴命(おほなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)、日本武尊(やまとたけるのみこと)、廣國押武金日命(ひろくにおしたけかなひのみこと)。随所に菊の御紋をいただく当社殿が造営されるまでの社殿(旧本殿)は玉垣内に移築され、「常磐堅磐社」として祀られている。 神明造/明治11(1878)年造営

写真:武蔵御嶽神社HP

本殿裏手側

本殿前の山犬型の狛犬

江戸時代の文化5年(1808)に奉納されたものだが、山犬の姿をした珍しいもの。

玉垣内(本殿後方)の御祭神


常磐堅磐社(旧本殿)

御祭神は、全国一の宮の神々等・八十七柱。本殿として永世8(1511)年に一間社流造、銅板葺きの桃山様式で創建された、歴史を伝える貴重な建造物。明治10(1877)年に現在の本殿に建て替えられた際、移築されて「常磐堅磐社」となった。国指定美術品。昭和27(1952)年東京都指定有形文化財に指定。令和3年漆の塗り替え工事を完了。 流造/桧皮葺型銅板葺

大口真神社(おほくちまがみしゃ)

御祭神は大口真神。かつて山中に迷われた日本武尊は、道を拓き導いた狼に「 "大口真神"としてこの山に留まり、すべての魔物を退治せよ」と仰せられ、白狼が祀られ「おいぬ様」として親しまれている。特に江戸時代からは諸災厄除・盗難・火難除の守護の神として神符をおいぬ様とあがめ、戸口に貼る、敷地にお社を建てるなど、家の守り神とする信仰が広まった。また、おいぬ様にちなんで愛犬の健康などを願う人々で賑わうようになり武蔵御嶽神社では愛犬の御祈祷を行っている。 流造/瓦棒銅板葺

皇御孫命社(すめみまのみことしゃ)

御祭神は、天瓊々杵尊(あまににぎのみこと)。"天地が豊かに栄え、稲穂が豊かに実る国の壮健な男子"という御名の神。天孫降臨神話の主役で、皇室の基礎の神とされる。社殿は複雑な屋根の軒先に「三葉葵」の紋があり、かつては東照宮の社殿であったことがうかがえる江戸後期の社殿。 入母屋造・千鳥破風付・向拝軒破風造・銅板/江戸後期

巨福社(こふくしゃ)

御祭神は、埴山姫命(はにやまひめのみこと)。豊作物を豊かにしてくれる土の神。古来、巨福社の周りの土は霊験が強いとされ、"持ち帰って畑などにまくと虫などの害虫を防ぐ"という信仰が伝えられている。 流造/桧皮葺型柿葺

神明社

御祭神は、天照大御神・豊受大御神。「神明様」と呼ばれ信仰される伊勢の神宮の神霊をお祀りしている。 神明造・向拝付・銅板葺

紅葉と「神明社」

東照社

御祭神は、徳川家康公。当社を江戸の「西の護り」とし、長く平安の世となる基礎を築いた江戸幕府の初代将軍・徳川家康公の御霊をお祀りしている。御扉には徳川家の家紋である「三葉葵」の紋があしらわれている。 流見世棚造・銅板葺

二柱社

御祭神は、伊邪那藝大神(いざなぎのおほかみ)、伊邪那美大神(いざなみのおほかみ)。この神話で最初の夫婦神が、あまたの国生み・神生みを行い、世界が生命力にあふれ変化に富む豊かなものとなったことから、生命の祖神とされています。 流見世棚造・銅板葺

八柱社(やはしらしゃ)

春日社、八幡社、養社、八雲社、摩社、月乃社、國造社、八神社の総称。 流見世棚造・銅板葺

奥宮遥拝所

大口真神社の左手奥に遥拝所がある。ここから男具那社のある奥の院の美しい円錐形の峰を拝むことができる。現在社殿のある御岳山は、元来は奥の院を拝むための遥拝所だったという説もある。


愛犬祈願所

「おいぬ様」にちなんで

愛犬のご祈祷をおこなっている。

長尾平


ここから「ロックガーデン(岩石園)へ向かう。

御岳山Ⅱ-紅葉- ロックガーデン