明治神宮 (渋谷区代々木神園町)


明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后をお祀りする神社。大正9年(1920)11月1日に、創建された。明治天皇は明治45年(1917)7月30日に、昭憲皇太后は大正3年(1914年)4月11日に崩御になり、これを伝え聞いた国民の間から御心霊をお祭りしたいとの気運が高まり、明治神宮の創建となった。昭和20年4月14日、大東亜戦争の空襲に見舞われ、創建当初の主要建物は焼失したが、昭和33年11月に国の内外から多くの浄財が寄せられ神社建築の粋を集めて復興造営がなされ現在の神殿となっている。~明治神宮HPより転載~ -2019.06.19 近いことから何度か訪れても写真に収めることなく…、今回ゆっくり巡ってみました。

神宮橋

「第一鳥居」

菊のご紋が光ります!!

「神橋」

「南参道」

奉献 「清酒菰樽(こもだる)」

奉献 「葡萄酒樽」

「大鳥居 」

(第二鳥居・二の鳥居)

我が国で最も大きい木造の『明神鳥居』。高さ12m・柱と柱の間9.1m、島木の長さ15.5m、柱の径1.2m、笠木の長さ17m。重さもなんと13トン。初代大鳥居は、明治神宮が創建された大正9年(1920年)に造立。が、昭和41年(1966年)に落雷によって破損し、現在の大鳥居は、昭和50年(1975年)12月に立て直された二代目の鳥居。この大鳥居はヒノキ造ですが、このヒノキは国産ではなく、樹齢1500年に及ぶ台湾産のヒノキ。明治神宮創建当時、日本が台湾を統治していた関係もあり、阿里山(アーリーシャン)の西腹から切り出され、台湾総督府によって贈られたもの。とても神秘的な雰囲気が漂っています。


「枡形」

参道を通り本殿に向かう途中にある右折の曲がり角。この曲がり角は「桝形」と呼ばれ、角度は90度の直角ではなく末杖広がりの88度となっているそうです。縁起が良いかも…。

「第三鳥居(南玉垣鳥居)」

平成28年(2016年)10月26日、平成32年(2020年)の鎮座百年大祭に先立ち、南玉垣鳥居(第三鳥居)を建て替え、竣功清祓式(きよはらいしき)とくぐり初めを行った。 南玉垣鳥居は、高さ約8m、笠木の長さ11.5mの『明神鳥居』。大正9年創建以来の建て替えで、材はすべて国産の檜。

「南神門(楼門)」

大正9年(1920年)造営。建築様式は「楼門」で屋根の造りは「銅板葺・入母屋造」。明治神宮の廻廊には、この南神門の他に北参道に近い「東神門」と、西参道への出入り口である「西神門」があるが、2階建てなのは、正面玄関であるこの「南神門」だけ。戦中の空襲による焼失を免れ、創建当時のまま残っている、明治神宮の中でも数少ない建造物。

「明治神宮の菊紋」

明治神宮の南神門は、彫刻などの装飾はなく、大きな神社の楼門としてはシンプルな見た目になっている。中央の扉に大きな花の透かし彫りが施されている。皇室のゆかりの菊紋。ただ皇室の正式な菊紋であれば、花弁が16だがこれは12しかない。実は、明治神宮では1965年に、明治神宮独自の神社紋として菊紋と桐紋を組み合わせたデザインを考え、その際、皇室に遠慮する形で、菊紋の花弁と桐紋の花の数を減らした紋章を制定した。~明治神宮HP Q&Aより転載~

“金具が「ハートマーク」!?”

南神門の扉に「ハートマークの金具」が。これは、ハートマークではなく、日本古来の図柄で、「猪目(いのめ)」と呼ばれているものだそうです。モチーフの由来には諸説あるとのことですが、「猪目」と言った場合、それはもちろん「猪の目」に由来していて、獣の目力を備えた図柄ということで、魔除け、そして招福の意味合いがあると言われ、寺社仏閣の飾り金具や仏具、屋根の妻飾りの一種である「懸魚(けぎょ)」などに、よく用いられているとのこと。イノシシは山火事が起こると一目散に逃げるということから、火除けのまじないという説もある。 見つけるたびに何だか Happy♪♪

「拝殿」(外拝殿)

明治神宮は、1920年(大正9)に創建、三間社流造という建築様式で造られた広がりのある反った屋根が特徴。拝殿や本殿もこの時に造営されたが、1945年(昭和20)4月の空襲のため焼失。戦後、全国から復興のための資金が集まり、仮殿が建設されて、1946年(昭和21)に遷座祭が執り行われた。現存する拝殿や本殿は、1958年(昭和33)、国内外からの寄付などにより造営されたもの。建築様式(造り):入母屋造・総檜素木造、大きさ:桁行五間(横幅約9m)梁間四間(奥行約7.2m)、屋根の造り:銅板葺 ※造営当初は檜皮葺

「夫婦楠 (めおとくす)」

本殿左横にある大きな楠のご神木。一見、一本の木に見える楠ですが、よく見ると幹がしめ縄でひとつに結ばれた二本の木。それぞれが寄り添うように立っている姿から「夫婦楠」と名づけられた。明治天皇ご夫妻は大変仲が良く夫婦円満だったので、家内安全や縁結びの象徴とされている。神宮がご鎮座した大正9年(1920)に植栽されらもので生命力もとても強く、一度戦火にのまれたものの、当時のままの木が生き残っています。

「西神門」

「西参道」

「宝物殿」

宝物殿」明治神宮境内の北方にあり、明治神宮が創建された翌年の大正10年(1921)10月末に竣功、奈良の正倉院の校倉造りを模した校倉風大床造り(あぜくらふうおおゆかづくり)と称し、我が国初期の鉄筋コンクリート建築の代表的な建物。2019年1月より当面の間、修復・耐震工事のため全面閉館。再開時期未定。

芝生エリア

「亀石」

最近、明治神宮のパワースポットとして注目を集めている「亀石」。西参道から宝物殿前の北池そばにある亀のような形状をした大きな石。この亀石、明確なパワースポットとしての由来はないようなのですが、明治神宮を訪れた人の中にこの亀石からパワーを感じるという人が多く、また不思議と子供が寄りつく場所でもあるよう。また、この亀石は明治神宮の北にあり、風水では亀は北の守り神とされているので、それで置かれたのではないかという説もあるようです。

「北池」

清正井 (きよまさのいど)〈御苑〉


「御苑」の中にある「清正井」。明治神宮のパワースポットとして有名。看板には“この地に下屋敷を構えて居た加藤清正が掘ったと伝えられ、一年中、絶ゆることなく湧き出る清水は南池の水源となり、掘り方の巧妙と水質の優秀なことは早くから世に知られています。”「本当に清正が掘ったのかどうか?」詳細は明治神宮HPへ。

御苑の菖蒲田


見頃の菖蒲。詳細は、明治神宮御苑 にて紹介。

御朱印