東京庭園美術館(港区白金台)


1933年に朝香宮家本邸として竣工した建物を活用し運営されている東京都庭園美術館。内部の改造は僅少で、アール・デコ様式を正確に留め、昭和初期の東京における文化受容の様相をうかがうことができる貴重な歴史的建造物として、国の重要文化財に指定されている。毎年開催している建物公開展へ行ってきました。-2023.06.01-

朝香宮家について

朝香宮家は 久邇宮朝彦親王の第八王子鳩彦(やすひこ)王が1906年(明治39)に創立された宮家です。鳩彦王は、1910年(明治43)5月に明治天皇第八皇女允子(のぶこ)内親王とご結婚され、1921年(大正10)に白金台の御料地1万坪を下賜されました。鳩彦王は、陸軍大学校勤務中の1922年(大正11年)から軍事研究のためフランスに留学されましたが、1923年(大正12年) 4月パリ郊外で交通事故に遭われ、看病の為渡欧された妃殿下とともに大正14年(1925)まで長期の滞在を余儀なくされました。帰国後は高輪の旧邸に住まわれましたが、1929年(昭和4年)より白金台の敷地に新邸建設の計画をすすめられ、アール・デコの粋を集めた朝香宮邸は1933年(昭和8年)5月に竣工しました。妃殿下は建築が完成した年の11月にご逝去されますが、朝香宮家は第二次世界大戦後までこの地に住まわれました。その後、1947年(昭和22年)10月皇籍離脱し、朝香家と称し住まいを熱海に移されました。~東京庭園美術館HPより抜粋転載~

建物公開2023 邸宅の記憶


東京都庭園美術館は、1933年に朝香宮家の本邸として竣工した建物を美術館として活用しています。この建物は、1920年代から30年代にかけて欧米を中心に世界中で流行したアール・デコ建築が日本で花開いた事例を、良好な状態で今日に伝えるものとして国内外から高く評価され、現在では重要文化財に指定されています。当館は1983年に開館して以来、朝香宮邸の邸宅空間を活かした展覧会を開催してきました。年に一度の建物公開展では、とくに意匠や技法、素材など、建築そのものに注目しながら、毎年異なったテーマを設けて、様々な角度から旧朝香宮邸の魅力を紹介してきました。そして、2023年は開館40周年という節目を迎えます。今回は、この邸宅の主であった朝香宮家の人々に焦点を当て、宮邸時代の家具や調度を用いた邸宅空間の再現展示に加え、かつてこの空間を往来した人々が残した写真や映像資料、工芸品、調度品、衣装などによって当時の生活の一端をご紹介します。~下記パンフレットより転載~


「正面玄関」

朝香宮邸を訪れて、まず導かれる空間がここ、正面玄関です。フランスのガラス工芸家ルネ・ラリックは、本邸宅のため、新たにこのガラスレリーフ扉をデザインしました。中央右側の扉下部には「R.LALIQUE」のサインが彫り込まれています。まるでガラスから浮き出ているかのような女性像は、型押ガラス製法で作られており、気泡がほとんど見られず、高い透明度を有していることから、技術の高さがうかがえます。その他の部分は宮内省内匠寮が担当しています。壁面に使用された大理石の色味や緻密に敷き詰められた床一面のモザイクからは、宮邸として来訪者を迎えるのにふさわしく、優美かつ厳かな雰囲気が伝わります。~下記説明板より転載~


「第一応接室」

玄関から左に進むと、宮家を訪ねた来賓の御用掛や随行者が主人を待つ部屋として使用された第一応接室があります。室内の柱・扉・窓枠に使用されている木材はカエデ材で統一され、絹のような特有の美しい光沢感が見られます。床は市松張りにされたケヤキ材の周りに、黒檀やカリンを配した寄木張りです。朝香宮邸の床はこのような寄木が多用されており、室内意匠の重要な要素となっていました。家具は、この部屋に設置するため宮内省内匠寮が設計し、東京の寺尾商店という国内トップクラスの高級洋家具店が製作したものです。壁紙は、竣工当時と同じサルブラ社製の「テッコー」の同パターンのものを1994(平成6)年に復原しています。~下記説明板より転載~

「大広間」

大広間は壁面にウォールナット材を使用し、装飾を抑えた重厚な空間を作り出しています。天井には格子縁のなかに40個の半円球の照明が整然と配置され、正面のアーチにはさまれた鏡と大理石のマントルピースはシンメトリーの落ち着いたデザインに華やかさを添えています。中央階段右手の大理石のレリーフはイヴァン=レオン・ブランショの作品《戯れる子供たち》で古典的作風が空間に和らぎを与えています。~東京庭園美術館HPより転載~

上記写真:東京庭園美術館HPより転載

イヴァン=レオン・ブランショの作品

《戯れる子供たち》

小袖《紅縮緬地菊尾長鳥の丸文様刺繍》

允子妃が結婚前に着用されたもの。普段着的な性格の小袖には、自由に様々な文様が施されています。紅縮緬地に草花の菊と藤の折枝を散らし、二羽の尾長鳥が飛び交い、宮家独特のおおらかな文様の特色をよく表しています。~説明板より抜粋転載~

「小客室」

ここは少人数の来客の際に使われた応接室でした。朝香宮邸の主要な部屋の内装を手がけた、アンリ・ラパンが描いた油彩画を四方の壁全体に張りめぐらせています。全体はグリーンの濃淡で奥行きがある風景が描かれ、水の輝きを表したシルバーの色彩が所々にアクセントとなっています。室内に居ながら森に佇んでいるかのような心地にさせてくれる空間です。この部屋はマントルピースの色もグリーンで統一されており、ティノス・グリーンという種類の石材が用いられました。また、「H.RAPIN」とサインが記されている壁下の扉からは、外のテラスに出られるようになっていました。~下記説明板より転載~

「次室」

白磁の「香水塔」、モザイクの床、黒漆の柱、朱色の人造石の壁、鏡を装飾に用いた扉など、大広間の落ち着いた色調とは対照的にアール・デコ特有の華やかなイメージを形成しています。また、半円球ドームの白漆喰の天井が装飾過多になりがちな空間に調和をもたらしています。「香水塔」はアンリ・ラパンがデザインし、自身が芸術監督を務めていた国立セーヴル製陶所で制作されたものです。製陶所の記録にはラパンの輝く器《Vase Lumineux Rapin》と記されています。元々は水が流れるような仕組みが施されていたので、宮内省の図面などには「噴水器」と記述されていました。朝香宮邸時代に上部の照明部分に香水を施し、その熱で香りを漂わせたという由来から、後に「香水塔」と呼ばれるようになりました。~下記説明板より転載~

「香水塔」

アンリ・ラパン

「大客室」

朝香宮邸の中でも最もアール・デコの粋が集められているのがこの大客室と次に続く大食堂です。壁面上部にはアンリ・ラパンが描く森の中の庭園の情景が描かれています。ルネ・ラリック作のシャンデリアをはじめ、マックス・アングラン作のエッチングガラス扉、扉上部にあるレイモン・シュブ作のタンパンと呼ばれる半円形部分の装飾、宮内省内匠寮がデザインした暖炉のレジスターなど、この部屋は目に留まる部分がそれぞれ美術作品と言えます。曲線と直線が奏でる幾何学模様が、アール・デコの世界へと誘ってくれることでしょう。本展では、朝香宮邸時代に大客室で使用されていた応接家具を展示しています。輸入品と思われるこれらの家具は一部修復を行っていますが、宮家に招かれた賓客を迎えた当時の雰囲気を伝える貴重なものとなっています。~下記説明板より転載~

アール・デコの世界

 

上記写真:庭園美術館HPより転載

シャンデリア

ルネ・ラリック作

ルネ・ラリック

(René Lalique 1860-1945)

タンパンと呼ばれる半円形部分の装飾

レイモン・シュブ作

エッチングガラス扉

マックス・アングラン作

レイモン・シュブ

(Raymond Subes1891-1970)

マックス・アングラン

(Max Ingrand 1908-1969)

暖炉のレジスター

宮内省内匠寮がデザイン

「大食堂」

南側に円形に張り出した窓は庭園を望み、開放的な空間を創出します。来客との会食で使用したこの部屋は、ルネ・ラリック作の照明やマックス・アングラン作のエッチング・ガラス扉に果物のモチーフが使われ、宮内省内匠寮が製作したラジエーターカバーには魚貝がデザインされています。暖炉の上の壁画はアンリ・ラパン作で赤いパーゴラと楽園の泉、そしてここにもみずみずしい果物が描かれています。植物を施した壁面レリーフはイヴァン=レオン・ブランショによるものです。当初コンクリート製でフランスから送られてきましたが、到着時ヒビが入っていたため日本で型を取って石膏で作り直し、銀白色の塗装がなされたとされています。大理石の柱や壁、銀白色の壁面レリーフ、扉のガラスパネルなど、アール・デコの特徴の一つである鉱物的な質感を持つ素材で構成された部屋です。~下記説明板より転載~

円形に張り出した窓

ラジエーターカバーには魚貝がデザイン

宮内省内匠寮が製作

照明:ルネ・ラリック作

壁画:アンリ・ラパン作

《 赤いパーゴラと楽園の泉 》

アンリ・ラパン

(Henri Rapin 1873‒1939)

植物を施した壁面レリーフ

イヴァン=レオン・ブランショ作

イヴァン=レオン=アレクサンドル・ブランショ

(1868-1947)

エッチング・ガラス扉

マックス・アングラン作

「第一階段」

建物の中央に位置する第一階段は、一階の応接スペースから二階の家族の居室へ通じる階段です。それはフランス仕立てのアール・デコ空間から「日本のアール・デコ」の空間の移行とも言えます。ステップ・腰壁・手摺りには外国産大理石のビアンコ・カラーラをはじめとする白色・茶色・黒色の3種類の大理石が用いられています。手摺りのデザインはアール・デコの特徴であるジグザグのラインが強調され、リズミカルな動きを表しています。ガラスにはめこまれた金物はブロンズ製銀イブシ仕上げで、二階広間の照明柱や天井照明とともにパターン化された花模様で統一されています。また、壁面にはラフコートと呼ばれる外国製の壁材が使用されました。~下記説明板より転載~


「若宮寝室」

北東の角に位置し、二面採光の明るい空間となっている若宮寝室は、張り出した窓に竣工当時のサッシがそのまま残されています。壁紙はスイスの壁紙メーカーであるサルブラ社製のテッコーが使用されていました。二階の各室の照明は宮内省内匠寮が手がけた国産品で、この部屋にも艶消し加工を施したガラスを用いた照明が設置されています。それぞれの場所に合わせて趣向を凝らした異なるデザインの照明器具が製作され朝香宮邸の見どころの一つとなっています。~下記説明板より抜粋転載~

「若宮居間」

若宮居間は正面玄関の真上に位置し、車寄せの屋根をベランダとしています。ほぼ正方形の室内に飾り丸柱がアクセントを添え、竣工当時は深いブルー系の壁紙が張られていました。漆喰の天井は美しい円形の左官仕上げ、中央にはステンドグラスによるペンダント照明が温かみのある雰囲気を作っています。~下記説明板より抜粋転載~

ステンドグラスによるペンダント照明

「書斎」

二階のうち、殿下居間とこの書斎の二部屋はアンリ・ラパンが内装を担当しました。書斎は正方形の部屋の四隅に飾り棚を設置することにより、室内を円形に見えるように仕上げています。シトロニエ材の付け柱が四方に配置され、ドーム型の天井と関節照明により求心的な空間が演出されています。机・椅子・電話台・カーペットは揃い物としてアンリ・ラパンがこの部屋に合わせてデザインしたもので、フランスから輸入されました。ウォールナットの木目を生かした造りのアール・デコ様式の机は、太陽の光の下で時間を選ばずに作業ができるように回転する仕組みで、機能的なデザインとなっています。隣室には書庫が併設されています。~下記説明板より転載~

アンリ・ラパンが内装を担当

「殿下居間」

高さのあるヴォールト天井が空間に広がりを与え、ヒノキ材の付け柱、大理石の暖炉と鏡が落ち着いた品格を添えます。暖房機用カバーのデザインにはアール・デコのデザインによく見られる噴水がモチーフとして使われています。壁紙とカーテンは、フランスのデザイナーのエドゥアール・ベネディクトゥスがデザインしたものです。現存していた端切れや竣工当時の写真を調査し、2014(平成26)年に復原が完了しました。グレー調の色味に噴水を思わせる放物線がアール・デコらしい幾何学模様のテキスタイルです。均整のとれた設計と窓の外に見える庭園の緑との調和は、見ているだけで感性を研ぎ澄ましてくれそうな佇まいです。~下記説明板より転載~

「殿下寝室」

殿下寝室は居間や書斎に比べて装飾を抑え、寝室にふさわしい静かな雰囲気が漂います。柱と扉にはクスノキが使われており、廊下・浴室・納戸・居間に通じる4か所の扉にクスノキの玉杢が装飾として使用されています。玉杢とは、樹木の瘤のある面をスライスすると現れる、比較的大きな同心円形の模様のことです。竣工当時、壁面にはサルブラ社製のブルーグレーの壁紙が張られていました。頭上では、照明の光と影が幻想的に天井を照らしています。~下記説明板より転載~

「第一浴室」

殿下と妃殿下の寝室のあるこの浴室は、主に殿下が使用した浴室と言われています。朝香宮邸では他に姫宮用の第二浴室、若宮陽の第三浴室がありました。床には山茶窯製陶所製のモザイクタイルが円と直線による構成的なデザインで敷き詰められています。壁とバスタブの周囲にはフランス製の希少な大理石「ヴェール・デ・ストゥール」が、左右対称の目となるように張るブックマッチという技法で張られています。~下記説明板より抜粋転載~

「妃殿下寝室」

楕円形の鏡の付いた白いドア、上下に移動可能な布シェード付きの照明など、女性の部屋らしい雰囲気に溢れています。この部屋の暖房器用カバーは、允子妃殿下の描いた下絵をもとにデザインされたものです。妃殿下は芸術に造詣が深く、水彩画などの作品を残しています。フランス滞在中には、一階大広間の大理石レリーフと大食堂の壁面レリーフを手がけたレオン・ブランショに水彩画のレッスンを受けていました。自ら暖房器用カバーのスケッチを描いたり、部屋の壁紙を選択するなど、朝香宮邸の設計にも積極的に参加していました。妃殿下の洗練されたセンスは今もこの邸宅に息づいています。~下記説明板より転載~

楕円形の鏡の付いた白いドア

允子妃殿下の描いた下絵をもとに

デザインされた暖房器用カバー

布シェード付きの照明

「ベランダ」

建物の南側にあるベランダは日当たりが良く、芝庭や日本庭園を一望することができます。ここは殿下と妃殿下の居室からのみ出入り可能な空間で、竣工当時は熱帯魚やカナリアが飼われていました。床には黒色と白色の国産大理石が市松模様に敷かれ、腰壁にはグレーの国産大理石が張られています。シャープで端正な照明やモノトーンの色彩など、朝香宮邸の中でも最もモダンな空間で、他の部屋とはまた違う魅力を見せてくれています。~下記説明板より抜粋転載~

見学者が多かったため、

説明板と共に設置されていた写真を転載。

「妃殿下居間」

やや浅めのヴォールト天井に取り付けられた5つのボール状の照明は、それぞれに意匠を凝らした二階の照明の中でも特に印象に残るデザインです。また、1枚ものの大きな鏡、暖房器用カバーの花モチーフ、実用的な造り付けの棚や開き戸など、朝香宮邸の建築に並々ならぬ情熱を注いだと言われる妃殿下の趣味嗜好が部屋の至る所にうかがえます。庭を望む南面には半円形のバルコニーを備え、その床には昭和初期に美術スタイルとして名を馳せた泰山タイルが敷き詰められています。布目タイルをベースとし、赤色や青色の透明柚がかかったタイルが所々色ガラスのように輝き華やかさを添えています。~下記説明板より転載~

5つのボール状の照明

暖房器用カバーの花モチーフ

半円形のバルコニー

昭和初期に美術スタイルとして名を馳せた

泰山タイル

「姫宮寝室」

姫宮寝室はサクラ材が多く使用されています。現在も竣工当時のまま残るテッコーの壁紙は妃殿下のアドバイスをもとに、姫宮の好みで選ばれました。寝室はブルーを基本とした直線と水泡模様のデザインの壁紙が張られ、光によって微妙に変化をもたらすメタリックな輝きを放っています。照明にはガラスではなくロウ石が使用されており、柔らかい光が部屋を照らしています。照明のデザインは他の部屋と同じく宮内省内匠寮の技手水谷正雄が行っています。~下記説明板より転載~

直線と水泡模様のデザインの壁紙

メタリックな輝きを放つ

上記写真:東京庭園美術館HPより転載

「姫宮居間」

天井に取り付けられた照明のデザイン、サーモンピンク色の大理石「紅霰(あられ)」で製作されたマントルピース、その上にある円形の鏡など、姫宮の部屋に相応しい可憐な和らぎを感じさせます。壁紙は虹色の波形ストライプ模様で、シルバー系ブルーを採用した姫宮寝室とは対照的に明るく温かみのある色彩で部屋全体がまとまっています。ラジエーターカバーの模様は妃殿下居間のストーブラジエーター衝立と同じ百合の花で、どちらも妃殿下自身が下絵を描いたものと言われています。扉やマントルピース両脇の棚にはモミジ材が使われ、床面はケヤキとカーリーメープルの矢羽根張りにローズウッドの縁取りでデザインされています。~下記説明板より転載~

サーモンピンク色のマントルピース

「ウィンターガーデン」

ウインターガーデンは温室として最上階に設けられていました。室内には花台や水道の蛇口、排水口が備え付けられています。市松模様に黒色と白色の石を敷き詰めた床は人造大理石、腰壁には国産大理石を使用していますが、素材の違いがわからないよう施工されている所に当時の職人の技術の高さがうかがうことができます。~下記説明板より転載~

モダンな雰囲気

特別出品

幸せを贈る小箱 ボンボニエール

ヨーロッパでは祝事の際に砂糖菓子(ボンボン)を配る伝統があり、その菓子を入れる容器をボンボニエール(Bonbonnière)と呼びました。そこから次第に、ボンボニエールとは引出物である小型工芸品全体を指すようになりました。明治20年代に日本の皇室・宮家でもこの伝統が取り入られ、以降、独自の発展を遂げることになります。明治期には箱型、香合型が主流でしたが、大正から昭和初期には、ボンボニエールにバリエーションが広がり、動物や乗物をモチーフにしたものなども見られるようになります。皇室において、ボンボニエールを引出物とする習慣は現代も受け継がれています。~下記説明板より抜粋転載~

◆新館では、過去最大規模となる300点以上のボンボニエールが特別出品されている。

ボンボニエール 

(明治~昭和初期)ギャルリー・グリシーヌ蔵

上記写真:東京庭園美術館HPより転載